4月8日
昼夜逆転をなおすために寝ずに朝を迎える。
意外と元気だが、声がいつにも増して低かった。
買い物へ行く。
平日の午前中の街中は、あまり混んでおらずかといって人がいないわけでもなくちょうどいい。
前髪を切りに美容室へ。
前回からさらに量を増やしてもらった。フルバング感があって坊ちゃん石鹸? と思わなくもない。
馬場ちゃんチャーハンをつくる。サラダ油は使わず豚肉を炒めてその油で調理した。
18時をすぎたあたりから強烈な睡魔におそわれ、そのままベッドに入った。
4月9日
5時起床。仕事へ。
ゲラに指摘を書くときのこまかな言葉遣い。たった1文字2文字のちがいでもニュアンスはことなる。
4月10日
ハンバーグを食べながらジェットコースターに乗る夢。
仕事用にドリテックのタイマー(ボタンが大きくて四角いやつ)を買ったのだが、いい感じ。
嫌なことがあると反芻思考が止まらない。頭の中を静かにしたい。
4月11日
わたしは嫌な人と出くわしたとき、嫌だなと思いつつも心のどこかでは自分の捉え方に問題があるのかも? と自分を疑ったり相手の良い面をむりやり探し出したり具体的な非がない相手を嫌う自分は極悪人ではないかと自分を裁いたりと忙しい。でもね、要は嫌いなんですよ。ただそれだけ。嫌いな人のことはただ嫌いでいいのですよ。
4月12日
入院中の祖母と面会した日。
病院へ向かう母の車の中で、3月中母と祖母のあいだでなにが起きたか、いろいろ聞かせてもらう。途中思わず涙してしまった。
4月13日
わたしを含め多くの人が「世界でいちばん不幸な自分」という物語の中で生きている。しかしわたしたちがその物語を自分で選んだのだとしたら同時に「世界でいちばん幸福な自分」という物語を選ぶことだってできるのだというのを忘れてはいけない。
4月14日
雨が降っていたけれど会社のビルを出たときには快晴でしかししばらくすると一部くもり空。
朝市内に寿司屋ができていた。おいしいのだろうか。
これから暑くなってくる。暑がりのわたしはいつでも半袖になれるようにTシャツ+羽織りものというスタイルでいかなくてはならない。
好みの羽織りものがないかと街をぶらぶらしていたところ、普段は素通りしている店がぐうぜん目にとまり、良さげなプーマのパーカーを見つける。値段が安く、そこで初めてこの店が古着屋であることを知った(今までエスニック系の個性的なセレクトショップだと思っていた)。パーカーは買って帰った。
4月15日
家計簿を締める。毎回反省会をするのだが(ノートで)、先月失敗した買い物は醤油だった。奮発して京都丹波産の黒豆醤油を買ったのだが、あまりにも黒豆の香りがつよすぎて調味料として使いづらかった。
4月16日
会社でお世話になっている方が産休に入るという話を聞き、ショックを受ける。
二重の意味でわたしはショックを受けた。
一つは親しくしている方だった&校正のお手本として学ばせてもらっている方だったので、一緒に仕事をする機会がしばらくなくなることへのさみしさ、不安。
もう一つは妊娠しているという状況に対してうらやましい、というか、もはやうらめしいに似た感情をいだいた自分へのショック。
わたしは子どものいる人生を望んだことがなかったのに、そしてこれからも望まないと思っているのに、愛する人との子をお腹に宿している彼女がとても幸せそうに見えたんですね。
4月17日
胸がせつないので「We’re All Alone」を聞きながら通勤。いつ聞いてもいい曲。サビの歌詞がとくに好き。
4月18日
胸のもやもやがつづく。おとといのことに限らず仕事でも思うことがあり。
なので退勤後ひさびさにランニングへ。すこしでも気分が晴れるかなと思って。
4月19日
予想はしていたが昨日のランニングで筋肉痛になる。
4月20〜23日
化粧もせず仕事へ行く。いじけてしまったようだ(自分が)。
いじけているので「今年の目標は嫌われようキャンペーンだ」と思い決めたりする。
どんな相手も不快にさせないように気を配ってきた人生だったが、いっそのこと嫌われたほうがラクなのでは。まあすでに嫌われてる説もあるが。
4月24日
明日はどうしても休日にしたいので徹夜で仕事する。
4月25日
納品して、マツエクのサロンに行く。
ここしばらく自分はいじけていたわけだけれど、どうしていじけてしまったのか、静かに考えた。
ずっとずっと自分を自分でいじめたおしていたのだ。
「仕事の勉強をしろ! 稼働率1位めざせ!」
「美容もぬかりなく! 運動やマッサージは欠かすな!」
「仕事以外の勉強もしろ!」
「4毒食べるくらいなら毎日日の丸弁当食っとけ!」
「安くない野菜は買うな!」
「スマホみるな!」
「早起きしろ!」
「ほかの人はお前にかまっている場合じゃない!」
……。
わたしは人からいじめ同様のことをされた経験があるけれど、まぎれもなく最強のいじめっ子はいつだって自分自身なんですね。
すっかり力尽きて動かなくなってしまった自分に「ほんとうはどうしたいの?」ときくと、入浴剤入れたお風呂に入りたい、炭酸水飲みたい、お風呂で映画みたいなんて言うわけですよ。あと明日お出かけだからマツエクとネイル行きたいとも。
だから今日はその願い事を叶えてあげましょうと。
というわけでまずはマツエクのサロンに行ったわけです。
4月26日
マツエクとネイルでテンションが回復したのでお出かけの準備。
今日は前の職場の方々と食事をする約束をしていた。
ヘアアイロンを使いながら、しみじみと思ったのは、こうやってばかみたいに時間をかけて準備する理由があることの幸せだった。
彼氏がいて、毎週のデートがルーティンと化していた頃は「化粧しなきゃじゃん」「ヘアセットしなきゃじゃん」と義務感を感じていた。けれどフリーになった今ではそういう機会(誰かのために身綺麗にしようと思う機会)はほとんどないんですね。ああ、あのめんどくさい時間ってじつは貴重だったんだとだから思ったわけです。
4月27日
きのう楽しかったのでよりいっそう孤独を感じる。
4月28日
ずっと日記を書いていなかったのでつれづれなるままに書きつづる。4月がどんな月だったかもふりかえる。4月は苦しかったけれどその理由を考えることで学びを得られた月だった。
4月29日
お決まりのランニングコース、祝日の夜なんかはいつにも増して人が少ない(仕事終わりの人がいないから)。走り疲れてひとり歩いていると、最高に孤独感で酔いそうになるけれど、ひとりで歩くことを選択したのはまぎれもなく自分自身であり、べつに気分のうえではひとりじゃなくてもいいのだから、だれかと手をつないでいるような気持ちで歩きつづけた。
このブログを読まれている皆さんの手も、わたしが握っていますのでどうか安心してください。(え、いいって?)
(つづく)
063 週報:だれかと手をつないでいるような気持ちで(4/8~4/29)
