あれは幼稚園だったのかな
パパが紫色の靴下を履いていた
それを見てママが変な靴下だねとか言ってからかっていた
次は小学校の入学式だね
終わってからママと3人でびっくりドンキーに行った
なに話してたかは覚えてないな
ただパパはこれから“クマモトのデンキカンケイのカイシャ”に行かなくちゃいけないんだっていうことは理解した
わたしね 笑われるかもしれないけど
大学生なかばまでパパは熊本にいるんだって
はんぶん信じてるところがあったよ
パパはいま どこに住んでるの?
わたしはね 仙台の街中で一人暮らししているよ
古くて狭いマンションだよ
パパはいま 何歳なの?
わたしはね もう30歳になったよ
8月で31歳になるよ
いい大人だね
だけどわたしはまだこどもやってたいから
結婚するもんかこども生むもんかって
意地張ってるところあるよ
まあ意地は張ってるけど
やっぱりもうこどもじゃないから
パパにはもう会えないだろうなあって
思ってるところもあるよ
だから聞いてほしかったんだよね
パパに
わたしがいままでどんな人生を送ったかをさ
あの入学式でパパと別れて
わたしの小学校生活は始まったわけだけど
まあ誰に似たのか
わたしは超繊細でさ
ろくすっぽ給食も食べられずに学校も休みがちだったよ
しょっちゅう泣いてたよ
ママも泣いてたよ
ママが怒ってランドセル捨てようとしたよ
でもピアノとか習いはじめて
ちょっとたくましくなっていって
ちゃんと小学校は卒業したよ
性格もずいぶん女子らしい嫌な感じになったよ
で 中学校に入るわけだけどさ
今度は絵に描いたような優等生をめざすわけ
わたし勉強に興味なんかなかったけど
まあ誰に似たのか
暗記とか得意でさ
それでいて負けず嫌いだから
勉強したのよ
そしたらテストの成績が学年で1番だった
何回も1番になったよ
部活は吹奏楽部だったんだけど
こっちも負けずとコンテストに出たりして
賞をもらったよ
あとね
英語の弁論大会にも出たよ
あまりにも流暢にわたしが英語を話すから
ママがびっくりしてたよ
こんだけ優等生やれば
いい高校に入れるだろうと思ってた
じっさいわたしはいい高校に合格したよ
中学校でその高校に推薦で合格したのはわたしだけだったから
先生がこっそり授業中に握手してくれた
わたしのものすごく細くなった手を
やっぱりわたしさ
優等生じゃなかったんだよね
ほんとうのところは
だけど見事に演じきったんだよ
それはそれでガッツあるよね
高校生活はさ
すごい濃かったよ
もともと男子校だったから
たくさん男の子たちがいた
みんな優しかったよ
それは下心だよとパパは言うかもしれないけど
パパがいない代わりに
わたしの周りにはいつも優しい男友達がいた
こういうの
わたしは神様の調整だと思う
高校にはさ
ホンモノの優等生がうじゃうじゃいるわけ
だからニセモノのわたしはすぐ化けの皮がはがれて
勉強もついていくのがやっと
結局第一志望の大学には落ちちゃったんだよね
だけどわたしその大学しか行きたくなかったから
浪人したんだ
ママとおばあちゃんに高いお金払ってもらって
塾に通ったよ
朝から晩まで勉強した
友達ができて それが唯一の救いだったよ
今時の若者はさ
こういうときに死んじゃったりするんだよね
わたしまたガリガリになってたんだけど
やっぱり最後は大学に合格したんだ
いい大学だったよ
わたしは相変わらずニセモノなんだけど
周りの子たちはさ
勉強とか研究とか
心から楽しんでるんだよね
わたしはそういう子たちと一緒にいるのが
好きだった
けどもう時効だったのかな
ニセモノの自分じゃいやだって
叫び出すんだよね
で 本格的にビョーキになっちゃったりしてさ
せっかくいい大学に入ったのに
家で過食したりしてた
このあたりから
ずっと自分と闘わなくちゃいけない時代が続いたんだ
同時にさ
知らなかった家族のことも知ることになって
わたしほんとにキャパオーバーだった
ママとおばあちゃんのこととか
おじいちゃんのこととか
パパはどこまで知ってた?
わたしね
パパがいたらなって何度か思ったよ
助けてくれたらいいのになって
どうしてパパは
わたしに会いにこなかったの?
わたしね
いまだにその理由がわからないんだ
070 パパへ
