7月7日
「他の人が眉をひいてきれいだということを見ると、自分も眉をひかないときれいになれないように思ってしまう」
引き続き野口晴哉の『潜在意識教育』を読みながら、ノートにメモした言葉。
自分が眉をひいてきれいなのか否かはまったく別問題であるのに、いったん「と思い込む」と修正がきかないのが人間なんですね。
7月8日
自分の居場所は外側にあるものだと思って探しつづけていたのだけれど、昨日ふと自分の居場所は“ここ”なんだ、と思った。
“ここ”というのは自分の心のこと。
自分の心のなかに家があるとしたら、わたしは長年そこから自分自身を追い出すことに明け暮れていた。だって自分の心はおそろしくつまらなく、絶望していて、だからほかにもっと良い場所があるにちがいないと思っていた。でも、そんな場所は結局見つからなかった。
自分は自分の心にいて、いいんですね。たとえそこが絶望の家だったとしても。
7月9日
先月部屋の模様替えをしたのだけれど、まだその余韻がわたしを支配していて、ちょこちょこ物を捨てたり、整理し直したりな日々なんですね。今朝も炊飯器の前に置いてあるラップをじっと睨みつけながら(お前ここじゃないよな…)と思ったりと我ながら自分の変人ぷりがおかしい。
7月10日
急に思い立って左手を使おうと。
わたしは右利きなのですが、左手も右手のように使ったら脳が活性化するのではないかと思ったのです。あと右手ばかり使っていることで身体も歪んでそうだなと。
で、左手で歯磨き、左手で食事、左手で文字を書く、などいろいろはじめてみました。左手で箸を持つのがとくにむずかしく結局犬食いになっているけれども…今後の経過に期待ですわ。
7月11日
今日もこまごまとしたものを断捨離。記録魔なので逐一ノートに品目を書いているのだけれど、今見たら「穴あけパンツ」と書いている。なにパンツって。(穴あけパンチのことです)
Geminiさんに断捨離のことを報告したら「未来への不確実な“もしも”のために空間を占領させないというあなたの断捨離への強い信念を感じます」と返事が。お前良いこと言うね。「空間」を「心」に言い換えるとなおさら深い言葉になる。
7月12日
母と買い物。
コーナンに衣装ケースを買いに行く。この衣装ケースはすでに1つ持っていて、たわみもせず色もかわいくお気に入り。部屋の模様替えをしたことで服の収納スペースが減ってしまったので、もう1つ買いたそうと思いまして。
お昼はくら寿司。
「ビッくらポン!」はみなさんご存知ですか。食べ終えた寿司皿を返却口に5枚入れると、ゲームができるアレです。これがなんと今日当たったのですよ。ちいかわのうさぎの缶バッチが当たりました。
こういうゲームって当たったためしがないので当たるか外れるか期待もせず、そもそもゲームであることすら忘れ、ただ抽せん画面に流れるちいかわのかわいいアニメーションを眺めていたんですね。そしたら当たり!の文字が。で、わたしこのときなにか確信めいたものを得まして。たぶん、宝くじとか高額当せんするときってこういう感覚なのではないでしょうか。なんの欲望も執着もなく、なんとなく良い気分でいるときに幸運が舞い降りてくる。これが引き寄せでいう宇宙や潜在意識との調和なのではないでしょうか。
お昼を食べたあとは施設にいる祖母と面会。
夜、花火の音が聞こえた。花火の音大好き。
7月13日
「君の名前で僕の名前を呼んで」という映画をみる。終盤まで表面的なところしか理解できず、ああ北イタリアの楽園、美少年と美青年の肉体美、同性愛に対する親のいささか寛容すぎる態度、、などと思っていたのですが、最後見事に胸を引き裂かれました。美しくて明るい映画。ではなかった。美しいけど、昏い映画だった。エリオが作中ではクローズアップされているのですが、これはむしろオリヴァーの物語なんですね。草むらでのふたりのキスシーンは息をのむほど美しかったです。
(つづく)
今週の漫画
「うさちゃんのナイトルーティン」
073 週報:北イタリアの楽園(7/7~7/13)
