049 N先生


大学の同窓会会報に、お世話になったN先生の退任のお知らせがあった。
何日か前に、ふとN先生のことを思い出したばかりだったので、
おや、と感じた。

N先生はわたしが所属していた研究室の先生で、
とても癖のある先生だった。
一時期は、とある不祥事がきっかけで、
世間的に(悪い意味で)有名になった先生だった。

授業も厳しく、とりわけ無知をひょうひょうとさらけだすような学生に対しては、
容赦なかった。
わたしもN先生の授業の単位を落とした学生の一人である。


わたしが大学から帰ろうと最寄りのバス停で小説を読みながら待っていると、
N先生は後ろのほうから
ぬっ
と現れた。

ちかごろの若いひとはなにを読むのかね。
N先生に問われ、「川上弘美です」と答えると、
知らん。
とN先生は吐き捨てた。


けれどわたしはそんなN先生のことが嫌いじゃないのである。
嫌いじゃないってことは、
けっこう好き、ということに他ならない。
(ちなみに「好きじゃない」は「けっこう嫌い」と同義だ)

コーヒーを片手に、
背もたれにおおきく身体をあずけてゆるりと座ったN先生が、
窓の外を眺めながら馬鹿な学生たちの相手をする姿を、
わたしは今でも切なく思い出すことがある。

切ないのは、
N先生が学生たちのことを愛していたことを
はっきり知っているからだ。