016 友人A


人の居場所なんてね、誰かの胸の中にしかないのよ

江國香織『冷静と情熱のあいだ』 フェデリカのセリフ


「友だち」という言葉に縁のないわたしですが、Aは、わたしに友だちがいたことを思い出させてくれる存在です。

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大学入学後すぐのオリエンテーションで、わたしとAは同じグループに分けられました。

(苗字が五十音順で近かった)

自己紹介などちょっとしたやりとりが終わり、教室を出、帰ろうとしたところ、わたしは教室に傘を忘れたことに気づきました。

教室へ戻るために急いで階段をかけのぼると、

ちょうど降りてきたAとすれ違い、

かさわすれた〜
とかたぶん言ったわたしに

Aは
ばかじゃん
と笑ったのです。

この瞬間、この大学に入ってはじめて友だちができたと、わたしは確信しました。

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とはいえ、それからというものの、Aとわたしは行動をともにしたり、わざわざ会ったりはしませんでした。

たまたま一緒になった授業の終わりに、互いを見つけたら(*)一言二言交わす、というような仲です。

*すこし離れた場所で、ほほえみながらちいさく手をふるというのがAのお決まりのあいさつです。わたしはAのこの仕草が大好きでした。

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時が過ぎ、単位不足で留年(!)したAより一足先にわたしは大学を卒業しました。

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わたしが働きはじめてから、ぐうぜんAと会う機会がありました。

話し、びっくりしたのが、Aがわたしのいつか話した悩みをちゃんと覚えてくれていたこと。

その悩みはわたしにとっては深刻だけれど、他人にとっては理解しがたく、まさかAが覚えているなんて思いもしないものでした。

Aの心のなかに自分の居場所があったと、ひさびさに身体ぜんたいに血が通うような感覚になりました。

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Aの卒業式(無事到来)にはふたりで記念写真を撮りました。



遠く離れてしまった今、またいつか何時間でも他愛ないおしゃべりができたらと実は思っているのです。